富士山に登り隊、8/8〜8/10アタックの記録。。

 

8月になってただならぬ猛暑続きの中

8/6の早朝、台風8号が九州南部に夕刻に掛けて上陸し

久しぶりに九州地区を台風が横断した後

海面温度の上昇はその後に9号、10号と台風を発生させていた。

 

そんな中、「富士山に登り隊」10名のメンバーと

8/8〜8/10で富士山に昨年に続き再アタックして来た。

 

昨年は、9月上旬にアタックして

台風の余波の影響で暴風雨となり七合目の山小屋で

登頂を断念した。。

 

地元の人に聞いたが、富士山の天候は変わりやすく

登頂を断念する人も多くいて

御来光を拝めるのは幸運なのだそうだ。。

 

今回も台風をすり抜けるようなタイミングの行程だったが

とにかく何が起こるかわからないのが富士登山で。。

まあ、それが人生のようでもあり感慨深いものがある。

 

 

今回も各メンバーそれぞれに色々とドラマがあったのだと思え

私も何か考えさせられた富士山アタックだった。

 

今年の「富士山に登り隊」メンバーは

・隊長 :糸永 60代 *登頂経験あり

・副隊長:東川 40代

・OB  :塚本 70代

・製造部:竹原 60代

・品証室:中村 50代

・技術部:上川 30代 *登頂経験あり

・営業部:谷平 20代

・技術部:渡辺 女性

・社外 :坂本 女性

・製造部:古賀 女性

という男性7名、女性3名の10名。

登頂経験者2名以外は、あまり登山経験もない素人軍団。

 

60歳以上の爺いメンバーと

20代から50代までのバラエティーな混成メンバーだった。

まあ、とにかく無事に全員が帰ってくることが

隊長として重要な役割りだった。。

 

 

8/8(木)早朝、新大牟田駅に集合。 (6:20) 

新幹線で博多で乗り継ぎしつつ、福岡からのメンバーが合流し

皆んな元気で「今年こそは!」とキラキラ感一杯。。

 

その後、新幹線を乗り継ぎながら

新富士駅到着 (12:30)

残念ながら、JR新富士駅からは富士山は雲の中で

その姿は見えなかった。

 

【JR新富士駅にて出発のフォト(12:36)】

 

富士宮口五合目到着 (14:10)

五合目に到着すると

雲を抜けた感じで空はまさにブルースカイで

雲海と空の青が綺麗だった。

皆んな「オ〜こんなの初めてだ」と歓声を上げていた。

 

 

この雲で下界からは富士山が見えなかったはずだ。。

 

五合目では、体慣らしに少しゆっくりしてスタート。

 

【五合目スタートスナップ(14:53)】

 

 

登山前に富士山情報を確認。

五合目の気温21℃、山頂の気温13.2℃

やはり、山頂は涼しそうだ。。

 

遭難事故8件、えっ、、死亡者1名。。

また、死者が出てる、、ちょっと、騒つく。。

後で聞いたら、落雷による死亡だったとの事だった。

富士登山を舐めたらいかん。。

 

日の出は4:48か、、 御来光が見れたらいいな。。

 

【標高2400m、富士山表口五合目を15:00にスタート】

 

皆んなのペースを見ながら休憩を入れつつ

先ずは、六合目を目指した。

 

 

六合目 (15:40) 全員到着

 

思ったより近かったと皆んなが話していたのを聞いて

皆んな調子良さそうだと勘違いした。。

 

六合目 (15:50)出発

 

今回も昨年泊まった新七合目御来光山荘に宿泊することにしており

皆んなマイペースで登れば良いなと思って

休憩を小刻みに入れたつもりだったが

ちょっとペースが早かったようで、若干名が体調不良となって

貧血症状が出る女性メンバーがいたと

最後尾をフォローしていた東川副隊長と上川隊員の報告があった。

 

 

最初に七合目に到着したメンバーは16:50だったが。。

最終的に全員が到着したのは、17:30ぐらいだった。

この距離で40分ほどの時間差があった。

 

やはり女性メンバーと男性メンバーでは

体力的な格差が大きく。。

山頂までの全体調整をどうしたものかと考えてしまった。。

しかし、富士山に登り隊の目的は「全員登頂」にある。

まあ、諦めずにトライしよう。

 

 

その日は、夜空の星も見えて

星座に詳しい中村隊員が、あれが木星です。

という方向を見ると、確かに瞬く星があり

すごい、土星も見えますね。。というあたりに

確かに微かに煌めく星が肉眼で見えた。

 

雲海の合間から街の明かりも見えて

何とも綺麗な景色が拝めた。

これは明日、御来光が見えるかもしれないと皆んなで期待した。

 

その日は、19時には床に入り。。

といっても、3〜4人の相部屋の二段ベッドなので

それぞれに話が弾んで

酒を酌み交わし昔の話につい盛り上がっていた爺いメンバーは

「消灯は20時ですから、、」と怒られた。。

 

明日は4:30起床で御来光。。

 

私は、その夜ぐっすりと眠れたが

皆んなは、なかなか寝付けなかったらしい。

夜中でも山頂を目指すメンバーが絶えなかったそうで

山小屋の扉の音が気になったとの事だった。。

 

 

令和元年8月9日金曜日早朝4時50分。標高2,780mにて

富士山に登り隊メンバー全員で御来光を拝めた。

実に神秘的な感じで。。

 

やった〜〜〜〜!

 

 

そして、山小屋で早めの朝食をとり

元祖七合目の山小屋へ向けて出発(6:00)

この日は、東川副隊長に先導役を任せた。

 

 

第一陣、元祖七合目3010m(6:50)到着

全員到着(7:10)

 

 

出発(7:15)

 

 

第一陣、八合目山小屋3250mに到着(7:55) 

全員到着。(8:10) 

何とか八合目まで全員で到達できた。

 

 

女性群から自分たちはゆっくり登るので

自分のペースで登って欲しいとの要望が出る。

待たれるとプレッシャーになるのでと。。

それで、八合目から先は、それぞれのペースでということにした。

 

この時、自分のどこかに

全員登頂を断念していた心があった。

少数メンバーのために全体が登頂できないのは不味い。。

多数を優先し少数を切り離す、

企業経営の中でやって来た事のように思え、モヤモヤした。

 

 

出発 (8:20)

 

 

 

 

 

九合目あたりから気圧の差と酸素が薄くなるせいか

一歩一歩に息が荒くなる。。

 

第一陣、九合目3,460m 到着(9:00) 

 

 

 

出発 (9:10) 

 

 

第一陣、九合五勺3,590m到着 (9:50) 

10:40ぐらいまで皆んなを待つ

 

出発(10:45)

 

 

第一陣、山頂に到着 (11:15)

 

 

 

【爺いトリオの山頂スナップ:竹ちゃんよくやった。。塚さんは、怪物だ。】

 

 

体力のある東川副隊長は、お鉢めぐりに出発 (11:30)

約30分ぐらいで走って回って来たそうだ。。

さすが、日頃毎日ジョギングしているだけのことはある。

 

 

全員登頂 (12:15)

上川隊員が最後まで最後尾をフォローし続けてくれていた。

「九合目まで来たらもう行くしかない」と思ったと伝えてくれた。

ふ〜しかし七合目から6時間以上も掛かったことになる。。

 

う〜ん、だいぶ時間は掛かったけども全員登頂達成。

富士山に登り隊、アタック成功!

本当に皆んなよくやった!!

 

そう、今回の目的は全員登頂、登山のスピードではない。

最後まで諦めず、牛歩の一歩でも先を目指す心があれば到達できる。

 

 

 

それぞれに初めて見る富士山頂の景色を堪能し

奥宮浅間大社をお参りしつつ登頂のお礼を伝えているようだった。。

 

私も山頂にある浅間大社でここでしか手に入らない

富士頂上奥宮、令和元年の御朱印帳と

新社屋用に木のお札を買った。

 

 

さて、下山開始 (13:00)

 

女性たちの体力が心配だった。。

ある意味、下山の方が足にくるので

捻挫でもすると降りられなくなるのが心配になる。

 

下山は、私も最後尾を務めさせてもらった。

何度か女性たちが転ぶたびに

冷や汗を流したが、女性は何とも強いものだと思った。。

 

今朝の出発点、新七合目に到着。

それぞれに足にきていて辛そうだが

何とか時間を掛ければ、下山できそうだと感じる。

 

 

出発点の五合目に皆んな無事下山達成。(18:10)

しかし、下山に5時間も掛かった。。

朝、6時から出発して18時過ぎに下山達成なので

休憩を取りながらではあるが、12時間のフル活動ということになる。

女性メンバーよく頑張った。

 

どんなに高い山や深い谷でも

自分の荷物を背負い

一歩づつ自分の足で歩んでゆく。。

 

心がくじけそうになっても

決してあきらめないで

皆んなで力を合わせて立ち向かえば

きっと夢は叶う。。

 

そう、これがやりたかったのだ。。

 

温泉旅館 花の湯に到着。(19:15)

皆んな下山の時の皆んなの合言葉は、下山したら「温泉にビール!」だった。

 

酷使しすぎた体と心を温泉に浸かってもみほぐし

全ての工程が無事終わってホッとする時間だった。

そして、皆んなでビールを酌み交わし

よくやった!とそれぞれに話が弾んで何とも生き返る時間を過ごせた。

 

 

翌日は、新幹線の時間まで

富士山世界遺産センターと富士山本宮浅間大社をゆっくり拝観して過ごした。

登頂して後に見る世界遺産センターの富士山空撮ビデオシアターの映像は

何か感動があった。

 

 

 

この日も富士山は雲に隠れてその姿を見ることができなかった。

今日の御来光は見えなかっただろうと思えた。。

何と絶妙なタイミングの富士山アタックだったことだろう。

 

 

 

 

JR新富士駅へのタクシーの中で

地元の運転手の話だったが、

地元の人に毎日富士山に登ってお鉢巡りを巡って下山するという

そんな日課を過ごしている人がいると聞いて、、

皆んな、嘘でしょう。。と

60代らしいかった、、世の中にはすごい人がいるものだ。。

 

 

その後、新幹線を乗り継ぎ

無事に出発地点の新大牟田駅に到着した。(20:50)

 

何とか隊長の役割を終えて、ホッとした瞬間だった。

さて、盆休で体を休めよう。。

 

富士山に登り隊メンバーへ

皆んなよくやった!本当にご苦労様でした。

 

 


8月、連日の猛暑と信荒祭2019。。

 

8月になって日本全国、30℃〜35℃を超える猛暑日が続いており

福岡の太宰府や久留米も38℃を超える暑さとなっているそうで

これは危険な暑さだね、、と会話をする日々だ。。

 

そんな、8月3日(土)早朝の6:30頃から

信荒祭恒例の地引網を有明海、鍋松原海岸で開催した。

 

 

まあ、この暑いのにこんなに朝早くからよく集まって来るものだ、、と思う。。

私も前日に博多で酒宴があり、自宅に帰り着いたのが23時を回っていたので

翌朝の地引網はしんどかったが、、

 

 

 

行ってみると確かに暑かったが、早朝でもあり快晴の海に潮風は心地よく

対岸に見える雲仙岳が綺麗だった。

 

男も女も親や子も

一緒に汗を流して網を引く、

一年に一度ぐらいはこういった収漁体験もよいのではないか。。

 

 

 

 

今年は少し小ぶりの収穫だったが、

集まったメンバーには十分の収穫量だった。

 

 

今回も当社の総務メンバーがドローンを持ってきて撮影してくれていた。

撮影の腕も随分と上がったと思える。

私も少し操作させてもらったが、実に簡単に操作できるものだと感心した。

次世代では、ドローン技術も進化して誰でも取扱いができて

これまで出来なかった事が可能になっていくのだろう。。

 

 

この信荒祭もやり始めてもう15年になるそうだ。。

 

今では、社員の家族、友人だけではなく

取引先の業者の方々も参加するイベントになって

東京からも出張をこのイベントに合わせてきてくれる方もいるそうだ。

 

 

楽しんでもらっているようで

今年は、この暑いのに参加人員が150名を超えたと

実行委員会メンバーが言っていた。

 

 

 

 

この祭りを用意する方も

この祭りに合わせて兜虫やら金魚やらビンゴゲームの景品まで

大変だろうが、仕事の合間によくやっている。。

これは、自分も楽しんでいないと出来ないな。

 

 

 

 

今年も、かき氷、焼き鳥、焼きそば、お好み焼き、採りたての魚の唐揚げ屋と

B級グルメだが、荒尾事業所メンバーがもう手慣れた感じで

意外に美味い。。お金のいらない「ただの祭り」。

 

 

 

その役割もだんだん世代交代して来ているようだ。。

 

まあ、大牟田の夏祭りとこの荒尾事業所の信荒祭は

夏の暑さを吹き飛ばす二大イベントだ。

今後もこのお馬鹿なイベントを引き継ぎ続けていければ良いな。。

 

【荒尾事業所の西本所長とツーショット、お互い歳食ったな。。】

 

本当に暑い中、準備してくれた実行委員会メンバーご苦労様でした!

 

さあ、今週は8/8〜8/10に富士山に登り隊メンバーとアタックだ。

台風8号の発生もあり明日あたりに九州に上陸するようだが

何とか登頂したいものだ。

 

頑張れ〜体力!

 

 

 

 


猛暑の到来と夏祭り2019。。

 

先週の末あたりから、九州地区は梅雨も明けて

本格的な夏の到来となったが、、

今度は30℃を超える猛暑が日本全土を襲っている。。

 

最近のこの時期は、空梅雨だと思ったら豪雨災害を起こすし、

雨が治ったと思ったら、熱波がやってくる。。

 

ロシア・シベリアなどの北極圏でも記録的な高温

(平均温度より約10℃高)となり山火事が多発しているそうで

欧州やインドなども熱波が襲っており

フランスでは観測史上最高の45.9℃を記録したそうだ。

 

まあ、何とも昨今の異常気象は地球温暖化の警鐘を鳴らしてるかのようだ。。

 

 

そんな中、先週末は大牟田の夏祭りで。。

 

決起会を行って「やるぞ、やるぞ、やるぞ〜」の気合を入れ

熱中症の注意も促しながら

暑〜〜い外に繰り出した。

 

いや、暑かった。。

 

 

 

 

 

この総踊りイベントに毎年恒例で参加しているが

私が20代後半からこの祭りに参加して来たと思うので

もう35年ぐらい続けて来ているのだと思う。

 

最初は数人ぐらいでの参加だったが

少しづつ社員も増えて。。

 

若い時は、目立ちたかったので

信号器で信号山車を作ってみたり。。

山車に登って花火を打ち上げて怒られたりの

やんちゃ時代もあった。。

 

 

会社の規模もそれなりになった頃

秋田デザイナーにマスコット信号チャンをつくってもらって

その着ぐるみまで作成して祭りに参加するまでになった。

おかげで、総踊りで優秀賞を取ったこともある。

 

今年はとても暑かったが、皆んなで汗だくになりながら楽しめた。

これも夏祭り実行委員メンバーが多忙の中、動いてくれたおかげだ。

ほんと、ご苦労様でした!

 

 

そして、今年の着ぐるみ信号チャンは、格別に暑かったに違いない。。

熱中症にならなくてよかった。。

 

さあ、夏祭りも終わって、本格的な夏が始まる。

 

 

 

【大蛇山の動画をアップロード↓】

 

 


遅い梅雨明け。。

 

7月も早、半ばが過ぎて

九州では、陽が昇ると共に蝉たちの大合唱で目覚める夏が来た。

 

本来、このブログで富士山アタックの結果報告をするはずだったが、、

今週はじめから天候が不順となり、台風5号の発生もありで。。

昨日から九州北部は、大雨警報で避難勧告も一部で出ている事態だ。

 

それで、富士山アタックは8/8〜8/10に延期とすることになってしまった。

やはり、富士山はなかなか簡単に登らせてもらえないが

とにかく諦めず「富士山に登り隊」メンバー約10名

再アタックを目指すことにしている。

 

そして、最近の天候不順もあるが。。

最近の海外情勢も不順で。。

安倍政権と文在寅政権の日韓間関係は、元徴用工問題と対韓輸出規制強化の問題を

両政府がどちらも譲らず、悪化の一途を辿っているし

 

米国・イランとの関係悪化によりホルムズ海峡の緊迫化が高まり

このままでは、イランのホルムズ海峡封鎖で

令和のオイルショックが到来するとなってもおかしくない事態となっている。

 

また、治安の良いはずの日本で。。

京都アニメ放火殺人事件が先日7/18に

一瞬にして34名もの尊いアニメーター達の命を奪うという

何ともいたましい事件が起きてしまった。

 

日本の国の安心と安全は、このままでよいのか、、と

考えてしまう。。

 

そんな中、今日は参議院総選挙で。。

この国の未来を託すこの選挙で

国民の民意は、この今をどう判断するのだろうか。。

 

しかし、季節は人間界にどんなことが起ころうとも

坦々と節を刻む事で、目の前の事象にオロオロとする人間達に

逆に気づかせてくれるものがある。

 

九州は、7月15日の博多祇園山笠の追い山も終わって

もう夏の到来だが、今年はまだ梅雨明け宣言がなく

遅い梅雨明けとなっている。

 

大牟田は、来週の土曜日7/27が夏祭りの総踊りで

今年も皆んなで参加することにしている。

 

近くにお越しの節は是非ご参加を!

 

 

そして、8/3は信荒祭の地引網で

8/8日から富士山アタックだ。。

 

ふ〜まだ俺の体力、大丈夫かな。。

時節色々なことが起こるのが常だが、仕事も夏も満喫するとしよう!

 

 


山トレと七夕。。

 

7月となり、今日は7月7日、七夕だ。

今朝方、朝の散歩から帰ってしばらくして

妻が「あっ、これ蝉?」と言ってハッとした。

 

今日、庭に今年初の蝉の音を聞いた。

まだ、梅雨明け宣言はないが、もう九州の季節は夏を実感させている。

 

そして、今日は七夕。

 

ここ数年、雨や曇りで天の川銀河が見れなかったが

今日は、晴れで見れるかもしれないな。。

 

 

外部情勢としては、参議院選挙が告示され7月21日の投開票に向けて動き始め

何やら周りは騒がしい。。

 

我が社では7月は、新たなスタートとなる月で

それぞれの部門で部門総会を行い、新たな目標に向けてスタートとなる月だ。

 

そして今月、「富士山に登り隊」メンバーとこの7月18日から二泊三日で

富士山頂に向けて約10名のメンバーで再アタックする事になっている。

 

昨年は、台風の影響で7合目の山小屋で断念したが

多くのメンバーが、再トライしたいとの希望で

この7月の半ばにアタックする事になっている。

 

それで、何かと多忙だった6月だったために

山トレもできず仕舞いになっていたので

昨日、大牟田近辺の小岱山という標高約500mレベルの山だが

体調チェックと足慣らしにメンバーと行ってみた。

 

 

すると、近場の地域の山に楽しめる山もあるのだなと実感した。

近くに素敵な場所がある。。

 

そこそこにアップダウンもあって、

良いトレーニングにもなって、大牟田と荒尾の町と有明海が一望にできた。

 

そして、行ってみてわかったが

我々よりもはるかに年配の方々の登山客が実に多く。。

 

 

今の日本には

自分の趣味を積極的に楽しんでいる高齢者の人々が実に多いのだなと感心した。

日本を支えた団塊の世代の方々は、常に時代のニーズをになって生きてきた。

高齢者になっても時代の先駆者なんだと思った。。

 

年金破綻問題が騒がれる昨今だが

人口減少による日本の少子高齢化社会は現実性を帯びて

70歳まで現役、という時代がくるのかもしれない。

 

 

しかし、それを楽しんでいければ、それもありなのかもしれない。。

 

おかげで小岱山の山トレは、良い足慣らしになった。

本番の7/18に台風さえ来なければ、登頂はできる。

 

今日は七夕、織姫と彦星は

今夜、再会できるだろうか。。

 


多忙だった6月と空梅雨。。

 

 

6月も早月末で、今週一杯で月が変わる。

 

今年の梅雨は空梅雨だったが

月末の今週から遅まきの雨が降り出し

蒸し暑くなった九州の空に雨の清涼感が嬉しい。

 

例年の事だが、

6月は当社の本決算と一年総括の社員面談と出事もあって

何かと多忙な月だった。。

 

経営総括の本決算の方は、皆んなの頑張りもあって

この業界の難しい環境下に増収増益となる模様で

気は抜けないが、少しホッとしているところだ。

 

経営は結果を出して何ボなので

色々あったが、まあ。。2018年度は、良しとしよう。

 

そして、社員との個人面談に多くの時間を使った月だが

いつものこの時期に思い起こすのは。。

 

 

この山本五十六の一文で。。

経営するとは、人を育てるという事。

 

以前は、全社員と向き合う時間をつくっていたが

体力と精神力にも歳と共に衰えを感じて

数年前から管理職のみとさせてもらっているが

未だに最初の褒めるが下手な社長だと思っている。。

 

   【札幌でグループ会社SDエンジニアリング研修会に参加】

 

それと、今月は北海道札幌のグループ会社、SDエンジニアリングの研修会やら

千葉の工事業者さんの安全大会での講演依頼やら

名古屋の方で当社の社員の結婚式やらで。。

 

 

面談の合間に日本をウロウロとしていた。

 

また、5月から本社の方にフランスからのインターンシップ生

Mr Hugo Urli(ウーゴ・ウルリ20歳)くんを

何故か当社で受け入れることになって。。

 

当社の技術部開発メンバーが対応していたが

フランスから単身で来て、何かと困っているかなと思い

彼に「日曜日、大牟田の散策を散歩しながらどうか?」と誘った。

妻と三人で公園やら文化遺産やらを2時間ほど歩いて

昼食は、うちの自宅でそれぞれの得意料理を作ることにして。。

 

 

 

妻は、明太子パスタ。

ウーゴくんは、ラタトゥーユ(野菜煮込み:フランス料理)

私は、超簡単で美味い目玉焼き丼。。

 

とかの手料理で楽しんで、

翻訳機なども駆使しながらもフランクな話ができた。

 

彼の実家はスイスのジュネーブ空港の近くにあり

自然が好きで週末は、スイスの山のトレッキングを家族で楽しんでいるそうで

日本のアニメが好きで、そこから日本文化に興味が湧き

神社や日本のお茶が好きだと言っていた。

 

今月末にフランスに帰ることになっている。

今回の経験がフランスと日本の友好に繋がっていけば、嬉しい。

 

 

恰も外部情勢は、この28日〜29日とG20サミットが大阪で開催され

各国首脳が日本を訪れている。

自国第一主義が吹き荒れる世界情勢だが。。

 

科学技術の進展によるTI社会は

AIとIoT技術で世界の距離感は益々縮まるばかりなのに

人は、逆行して壁を築こうとしている。。

 

G20のメイン議題は

 

1.世界経済の現状とリスク

2.保護主義と貿易摩擦

3.データー流通のルールと課題

4.プラごみ・温暖化対策

5.WTO改革

6.債務の持続可能性とインフラ

ということになっているそうだ。。

 

どれも現代社会の重要課題だと思える。

各国首脳が時間とお金を使って集まる人類のこれからを議論する会議だ。

実のあるものであって欲しい。。

 

さて、ゴールの6月が終わり

来週から新たなスタートの7月が始まる。

 

 


5G基地局に信号機解放。。

 

早、6月となり。。

九州は夏の蒸し暑さと大雨が降る荒れた天候の日が続いている。

今月末あたりに、G20の国際会議が大阪で開催されることになっており

地元福岡では、この6/8~9の土日で

麻生副総理兼財務大臣主導の中央銀行総裁会議が開催されている。

 

令和元年となり

何やら周りに色々と変化が起こる慌ただしさを感じている。

 

そして、今週のはじめの6/4には

日経新聞の一面に「5G基地局に信号機解放」

とデカデカと掲載されていた。

 

政府の新たなIT戦略として全国に設置されている約20万基の信号機設備を

NTTドコモなどの国内通信4社に解放し

次世代の通信規格『5G」の基地局として活用して行くというもの。

 

全国に設備された信号設備を活用することで5G普及速度を上げ

世界の5G化競争に対応しようというものだ。

これは、自動運転や災害時の情報共有などの官需だけでなく

民需データーも併用活用していくという、すごい発想だ。。

 

これまで、特に警察組織の設備に

民間設備を併設するということは考えられなかったが。。

今の海外の動向や特に中国のIoTとAI技術の進化スピードは極めて早く

日本は、このままでは取り残されてしまうという危機感は

私も中国出張のたびに感じてきたことだった。。

 

我々も交通信号業界情報の中で

この5Gの信号設備活用の話はかなりホットな話で。。

つい先月末に聞いたばかりだった。。

それが、もう新聞紙上に公開されようとは思っていなかったが

これも今月末のG20国際会議に関係しているのだろうな。。と思った。

 

計画としては、2020年度から主要都市で実証実験を行い

2023年度から全国展開をめざすとされており

かなりの急ピッチで実行計画されていく模様だ。。

 

この具現計画において

5G電波は、直進性が強く飛ぶ距離は半径数百メートル程度とされており

信号灯器の高さや位置の空間が最良の場所と選定されたようで

信号灯器に5Gアンテナを設置する計画との事だった。

 

これが具現化されれば、

確かに、きめ細かなネットワーク構築が

低コストで短期間に実現できるかもしれないと思えた。

 

5Gの普及に信号機がその重要拠点となっていく。

その実現の一役を担いたいと思う。

 

さて令和元年、この変化をチャンスとしていこう。

 

 

 


令和元年、経営計画発表会と交流会。

 

5月も早月末となり、令和元年を祝う10連休が明けてから

何か慌ただしく時が過ぎ。。

 

先週末の5月25日には

トランプ大統領夫妻が令和改元で初の国賓として来日し

日本財界との交流・ゴルフ・大相撲・拉致被害者との交流・海上自衛隊・駐留米海軍との交流など

ハードスケジュールを精力的にこなし

主目的の即位されてまもない今上天皇との会見も終えて

日米の絆を強調し、先日の28日に無事

エアフォースワンで帰路についた。

 

同じ米国の大統領なのに

オバマ大統領来日の時と何か随分と違った

国民の受け入れ感触だったように思えた数日だった。

 

きっと東京は、戒厳令並みの警備だったのだろう。。

何もなくてよかった。。

 

そして、これはトランプさんのせいじゃないが。。

その最中の26日に

北海道の網走地方佐呂間で何と、、5月の全国最高気温を更新する

39.5度という観測史上初となる暑さとなった。

これは、やっぱり地球の温暖化が進んでいる実感だった。

 

まあ、何かと”初”が多い5月だった。

 

そんな中、我が社では年に一度の

全社員を寄せて年度の業績報告と新年度への経営計画を公表する

経営計画発表会を先週末の5月25日に開催した。

 

 

 

そして、その前日に営業も含めた全社員交流会を

4月に本社事務所を移転したこともあり、その新事務所の広場で

バーベキューなど自前の手料理をそれぞれの部署で披露し

新オフィスのキッチン機能も活用して

新たな空間の可能性も感じながらの全社員交流の場を用意した。

 

 

 

 

まあ、その日は無礼講で、ビールや炭酸水の一気飲みバトルなどもやって

日頃顔を合わせないメンバーともそれぞれに交流を楽しんだ。

 

 

 

 

 

その中で、『富士山に登り隊』の女性メンバーからのアピールもあり

今年は、7月18日〜20日で再チャレンジのアタックをするという

決意表明の披露をしてもらった。

 

勤続30年表彰などもあり。。

3級リーダーメンバーとグローバル人材研修メンバーが協力して

交流会を盛り上げてくれていた。

 

 

 

私はその日、本社に集まった営業メンバーとの

評価面談などもあって、その場にいる時間は少なかったが

和気藹々の社員交流の場になったと思えた。

 

 

 

そして翌日は、打って変わって

市内のホテルに場を移して、緊張感を持って経営計画発表を行った。

 

次世代の取締役メンバーが主体となって進めてくれて

新たな時代へ

襟を正す社風の改革を進めようと伝えていた。

 

 

当社の年度決算は、6月だが

残り一ヶ月程で決算落ち着き見込みは見えており

今年度も山あり谷ありで色々と会ったが、皆んなの努力で

2018年度当初目標を達成できそうで、まずまずの成果を収められそうだと伝えた。

皆んなよくやってくれた。

 

 

 

その中でも業績を牽引してくれた、販売部門と

構造物案件を対応してくれた設計課とポール構造物製造の荒尾事業所に

今年度の社長賞を贈ることにした。

 

 

しかし、我々を取り巻く外部環境の変化は強烈で

10年は続くだろうと言われる米中の覇権争い絡む過激な貿易戦争

その余波を受けて、日本の半導体需要は急速に減少し始めているらしい。。

 

また、国内における深刻な人口減少問題は

少子高齢化を加速し税収悪化と

あらゆる業種に消費の減少と成熟感を与えている。

 

そして、IoTとAIの技術の進化は

あらゆる業種に変化を与えようとしている。

それを天使とするか悪魔とするのかは

この時代の変化にどう対応していけるかなのだろう。

 

 

 

どんな時にも常に変化が起きているのが事実であり

自分の肉体細胞も日々新陳代謝が行われ続けているのが事実だ。

60歳を過ぎると体が老化していく感覚に気づかされる。。

 

我々を取り巻く環境変化も

明治維新の時も世の中の価値がひっくり返る激動の世界だったろうし

昭和初期から太平洋戦争に突入する時も激動の変化だっただろう。。

 

そして、平成元年の時も

中国の天安門事件やベルリンの壁崩壊、ソビエト連邦がロシアに変わっていく激動の時代で

日本は、バブル経済の崩壊へと価値観が変わっていったのが事実だ。

 

価値観の変化をチャンスとして成長していく企業が

次の時代を担うのだろう。。

 

 

先読みの難しい時代だからこそ

将来の夢を描き、計画し、それを共有して

失敗しても諦めず、次なる手を打ち続けていく組織が

その場所や組織の大小に関わらず

次の繁栄を手にする事が出来るのかもしれない。

 

弱者であった哺乳類が地球上で進化し続けて生き残り

体力的にはひ弱な人類が、長い時間をかけて体の色も変え

環境に順応しつつ、道具を生み出すことで

地球全土に種族を反映させてきたことが

その証なのかもしれない。

 

 

 

今年も若い社員メンバーからの決意表明をもらって

次の世代へ繋いでいくことの重要性を改めて感じた。

 

今回の行事に携わってくれた全てのメンバーへ

ご苦労様でした!

 

 

さて、令和元年『節目の年、時の変化を共に活かしあう』としよう。

 

 

 


平成の総括Part2、海外事業。。

 

平成の総括として少し視点を変えるが

当社には『小さくても世界に通用する会社創り』というビジョンがある。

 

それは、日本という島国から外に出た事で

私の小さ過ぎた視野と固定観念に捉われていた考えから

解放されてきた体感から生み出されてきた。

 

この10連休に入る前の4月末の週に私は上海にいて。。

 

 

当社のグループ会社UTS上海の董事会を行い

当社社員のグローバル研修最後の中国サバイバルツアーの報告会に立ち会って来た。

 

平成が終焉した中で

当社の海外事業もこの平成時代に生み出して

その時代の変化に動かされて来たな。。と

 

上海の董事会で振り返る事があって

当社の海外事業についても少し平成時代の総括をしておこうと思う。

 

当社の海外事業は、

当社の名誉会長(父)が台湾新竹のメンバーと

地域のライオンズクラブ海外交流で出会った事に端を発しており

1985年の頃だからもう三十数年も前にその基点はある。

 

1992年(平成4年)に我が社は

西日対策信号灯器で灯器メーカーとしてデビューした事から

名誉会長(当時68歳)の台湾、韓国との交流の中で

海外への販売と部材の調達を試みるようになった。

 

私も60歳を過ぎて、当時の父の年齢に近ずいてきたが、

心も体もこの感覚で海外事業をやり始めたのだな。。と

その意欲に、只者ではないパワーを感じてしまう。

 

その後、世界で信号灯器LED化が始まり1999年(平成11年)

台湾メンバーと合弁会社UTS(Universal Traffic Signal)を設立し

無謀にも当社はLED信号灯器を国内より先に海外へ販売しようと

台湾メンバーとアメリカ、カナダ、シンガポールへと国際展示会に出展して回った。

 

【台湾UTSメンバー陳さん、余さん、曾さん:2002年】

 

その台湾メンバーもあまり父と変わらぬ昭和初期の年代であり

戦後をしたたかに生きぬいた高齢な方々に

私は、海外事業を学んだ。。

 

そして、2000年(平成12年)〜2006年(平成18年)ぐらいに掛けて

台湾、マレーシア、モンゴル、タイ、カンボジアへの輸出を実現し

設置実績を積み上げていったのである。

 

まあ、販売額としては大きなものではなかったが

九州のど田舎の中小企業にしては、意欲的でそこそこの実績を上げた。

 

【モンゴル・ウランバートル:信号灯器+信号・照明ポール輸出2003年】

 

【アメリカ・フロリダ世界展示会に出展:2004年】

 

また、2006年(平成18年)から海外調達拠点を台湾から中国に移して

2008年(平成20年)には、

UAEのドバイにUTS中東、そして今も現存するUTS上海を設立し

ドバイでは、RTA(日本の国土交通省に当たる機関)にLED灯器をアピールし

海外諸国との性能試験を実施し高い評価を得たが

2008年に起きたリーマンショックにより

残念ながら、その夢は潰えてしまったが。。

 

【ドバイ・RTA性能試験:世界各国の性能試験で高評価を得る2008年】

 

中国上海に海外拠点を設けたUTS上海は

海外の輸出入の窓口として活動を進めて来た。

 

2009年(平成21年)には、ドイツの照明メーカーHess社と交流を持ち

現在のライティング事業SD Lihtingに繋がっている。

海外事業がなければ、当社の照明事業も無かっただろう。

 

【ドイツ・フィリンゲンにてHess社経営メンバーと古閑総経理と私2009年】

 

この間、海外事業に多大な影響を与える為替レートは

1995年(平成7年)1月の阪神大震災の後

4月、1ドル=79.75円のハイパー円高を記録し

 

東日本大震災3.11の後、2011年(平成23年)3月にも

1ドル=76.25円というハイパー円高を記録して

大きな社会変動がある度に、経済指標も揺れる事を知った。

 

【創立5年目のUTS上海メンバー:2012年5月】

 

円高においては輸出が行き詰まり、円安においては輸入が行き詰まる。

自分たちの活動努力に関係なく

この為替レートの変動により、海外事業は翻弄され

その読みと采配は、極めて難しい選択を強いられてきた。

 

そういった意味では、グループ会社のUTS上海も

設立して10年を昨年迎えて

時代のうねりの洗礼を受けた来たといえるだろう。。

 

しかし、その中でしたたかに生き抜く力を

私も世界の人々と接しながら培って来たものがあった。

 

また、日本の常識は非常識、、日本は特殊な国なのだと

そして、非常に魅力のある国なのだという事も

外を見て深く知る事が出来たと言えるだろう。

 

なので、海外という大海に出て

世界と自らを知る体感を繋いでいきたいとの想いから

グローバル研修と称して

当社の次世代リーダー教育として

外を見る機会を次世代メンバーに用意しようと試みている。

 

 

その研修の最後に、中国におけるサバイバルツアーとして

独りで、上海から列車に乗り

重慶、西安、成都、広州、北京へ

阿弥陀籤で当たった場所に4日間の一人旅をするという。。

海外経験の無い者にとっては、けっこうハードな企画である。

 

各グローバル研修メンバーから報告を聞いたが

上海から新幹線で行っても11時間以上掛かったという重慶や成都メンバーは、

激辛の火鍋や麻婆飯豆腐の洗礼で少々の辛さには慣れましたとか。。

 

秦の始皇帝の兵馬俑を観てそのスケールの大きさと精巧さに感動したり

北京の故宮や万里の長城に行き、中国のスケールの大きさに驚いたり。。

 

広州でレンタル自転車を堪能しサバイバル感無しの楽勝感一杯で

乗り込んだ帰りの飛行機が何と3時間も飛び立たず缶詰め状態だったとか。。

 

まあ、色々あったようで。。

それぞれに独り旅を堪能し、多少たくましくなって帰ってきたようだった。

 

UTS上海の董事会では、親会社からの自立と

これまでの経験を活かし

日本の中小企業海外進出をサポートする会社組織として成長させていきたいとの

古閑総経理の志を頼もしく聞いた。

 

グローバル研修メンバーとUTS上海の新たなメンバーも加えて

四川料理の食事会で交流した。

それぞれに次なる世代に期待しよう。。

 

 

 

さて、我々を育ててくれた平成が終わり

『令和元年』となり、日本の新たな時代が幕を開ける。

 

当社のビジョン『小さくても世界に通用する会社創り』を

『令和時代』に実現しよう!

 


遅まきながら、平成の総括を。。

 

『令和』改元記念10連休をつかって

当社の平成時代の総括をと過去の記録を紐解いていた。

 

振り返って、記録しておきたい。。

 

当社は、1972年(昭和47年)10月23日が創業で

5名(父ちゃん、母ちゃん、兄ちゃん、叔父ちゃん、叔母ちゃん)の

家内制手工業から始まっている。

当時、父は48歳でかなり遅まきの創業である。

 

昭和末期である昭和63年までの約16年間に

当社は、交通信号業界の材料メーカーとして

ボックス部門、ポール部門を主力に成長し

新たな開拓分野として当社は

1985年(昭和60年)アルミ鋳物型車両灯器の開発を成功させ

1987年(昭和62年)アルミダイカスト型車両灯器筐体の生産を実現して

信号灯器アルミ筐体の生産委託販売までを行う

製造メーカーとなっていた。

 

業界大手の上場企業さんからポール構造物の委託生産や

信号灯器OEM委託生産が増加し、売上規模は倍増するが

反面、人も設備投資も倍増し固定費は膨らみ、利益率は悪化していた。

 

そして、委託生産における他社任せの受注見通しで

先の読めない不安定な

経営的危機に直面していたのが昭和末期だったように思う。

 

我が社は、『昭和』から『平成』への改元と共に

「小さくてもメーカーになる」との決意で

平成2年(1990年)に私が中心になり営業部を発足している。

最初は、男2名、女性3名ぐらいのスタートだったが。。

当時の社長(父)が東京開拓、私が関西開拓へと事業開拓を進めた。

 

平成3年:警視庁における差し込み式端子箱の採用

平成4年:東京営業所開設、大阪へ関西営業所開設

     *創業20周年:糸永一平社長(兄)へ世代交代

平成5年:警視庁にて擬似点灯防止型車両灯器(92B)が全面採用となり

     当社は信号灯器メーカーとなる。

平成6年:擬似点灯防止型歩行者灯器(94B)生産開始

平成7年:中国営業所開設(広島)

平成8年:東北営業所開設(仙台)*資本金を2千万から8千万に増資。

平成9年:北海道営業所開設(札幌)、福岡営業所開設

平成10年:アルミダイカスト一体型車両灯器筐体開発

平成11年:LED車両灯器開発*台湾との合弁会社UTS設立

平成13年:ISO9001認証取得

平成14年:警視庁にて車両灯器LED化がスタート。192型LED灯器生産開始

平成15年:中部営業所開設(名古屋)

平成16年:アルミ押し出し薄型車両灯器生産

平成17年:海外部品調達を台湾から中国へ移管

     *糸永康平社長へ世代交代。ISO14001認証取得。

平成18年:表面処理・塗装・組み立ての一環生産灯器ライン稼働。

平成19年:信号灯器販売約2万灯を達成

平成20年:中国へUTS上海設立

平成21年:信号灯器販売約3万灯を達成

平成22年:ドイツ照明会社Hess社との合弁会社SD.hess Lighting設立

     *12月創業者糸永の他界

平成23年:新型LED車両ランプユニット108型生産開始

     信号灯器販売約3.3万灯を達成

平成24年:創業40周年記念式典の開催

平成27年:SD.hess LightingをSD Lightingへ社名変更(独資会社へ)

平成28年:警察庁「低コスト信号灯器」開発の実現

平成29年:他社ODM信号灯器生産委託開始(業界信号灯器生産シェア:約50%超を達成)

     *3名の新任取締役を選任、取締役会の設置

平成30年:本社事務所移転計画と情報体系化プロジェクトへの投資

 

という平成30年までの我が社の歴史概要だが。。

 

 

三人の同族社長による経営采配で

平成元年において売上額:約10億(91名)の会社は

平成30年には売上額50億台(142名)の会社に変貌を遂げ

グループ会社4社を入れると約220名ぐらいの規模となっている。

 

当社にとって平成は「小さくてもメーカーになる」という決意から

ただひたすらその実現の為になり振りかまわず

走り続けた来た時代の申し子であったのかもしれない。

 

それを達成できたのもその時代に意欲を持って

それを成し得て来た社員メンバーの努力の賜物であったと思う。

次の世代経営は、社員から次のリーダーを選任したいと考えている。

 

 

しかし、時代はますます不透明感とIT技術の進化により

先読みの難しい時代となっている。

 

大事なのは、『令和』時代、これからなのだ。。

 

 


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