中秋の名月と本社事務所移転計画。

 

9月も末となり、朝夕も随分と肌寒さを感じる季節となった。

 

先週末の9/23は、彼岸の中日、秋分の日で

その翌日の9/24は中秋の名月(十五夜)だった。

その日が満月とは限らないらしいが。。

 

その日は、秋晴れの快晴で

長女と長男が自宅に帰って来ていた事もあり

お月見に山の上にあるレストランで会食でもしようとなって。。

 

今年は、満月が1日遅れだったらしいが

まあ、何とも綺麗なお月様で

月を見ながら会食をしつつ

久しぶりの家族の団欒を楽しんだ。

 

 

社業の方では

来年の春に本社事務所を移転しようと計画している。

 

それは、当社の本社工場と隣接している煉瓦の建物で

三池炭鉱時代に変電所として使われていた建物らしく

おまけに、登録文化財、近代化遺産という曰く付きの建物だ。。

 

 

その建物を所有され大事に活用されていた社長さんから昨年の初め頃

御宅のお父さん(名誉会長)が、その建物を非常に気に入られていたから

私も歳をとったので、譲るとすれば御社にと思っていたと告げられて。。

 

私も色々と悩んだのだが。。

工場ラインも手狭となり

現在の事務所フロアーを生産ラインに活用したいとの考えもあって

その近代化遺産の建物を事務所に活用してみようと

事務所移転を計画することにした。

 

まあ、父の想いを繋ぐ事もありだと思った。

 

 

 

 

当社も2022年に創業50年という大きな節目を迎える事もあり

本社としての体制と機能をレベルアップする事も必要な時期となっているため

働き方改革を含め、本社移転のコンセプトを

 

・コミュニケーション:社内外のコミュニケーションの活性化。

・ON/OFF:集中とリラックスができる環境で個々の仕事の質の向上。

・文化遺産:対外的なブランド力、空間の広告媒体機能としての活用。

 

として、激動する世界の環境変化に対応すべく

未来への投資を行う事にした。

今年のテーマは『志高く、変化を楽しむ』としていた事もあり

変化を自ら起こして、楽しむをやってみたい。

 

来年の3月末に移動計画となっており

その改装計画を進めている。

 

さて、新たな社業発展の口火としていこう。

 

 

 


天変地異と富士山に登り隊のアタック。

 

先週は、日本列島をこれまでに無い自然の天変地異が襲った一週間だった。

 

9月4日に強い勢力で四国や近畿地方を縦断した上陸した台風21号は

最大瞬間風速が関西地区の観測史上最大の58.1メートルを記録し

これまでにない規模で倒木や家屋倒壊、土砂崩れなどを引き起こした。

中でも強風による高潮によって関西国際空港が浸水し

その連絡橋に漂流したタンカーが衝突し破損した為に

一時、利用者約3000人が関空に取り残される事態となり

この台風で7人が死亡する大災害となった。

 

そんな台風の余波が残る中で

富士山へのアタックをどうするか迷ったが

閉山日が9/10ということもあり。。

 

9月6日早朝、新大牟田駅6:20集合

登り隊本社メンバー8名が集合し新富士駅を目指した。

 

途中、博多駅で乗り換え

メンバー1名が加わり9名で新幹線に乗り込んだ。

 

その新幹線の中で

北海道の大震災の情報が入る。

今日、午前3時8分に最大震度7の地震が北海道で発生したとのことで

メールで北海道現地メンバーの安否と街の状況を確認する。

札幌でもすごい揺れだったらしいが

グループ会社の社長から、全員の安否確認ができたとメールで入り

ホッとする。。

 

しかし、この時点では災害の全貌がまだわからなかったが

その後、死者41人という大災害となり

北海道全土が停電するブラックアウトを引き起こした。

これも北海道地区ではこれまでにない大きな自然災害となった。

 

列車の中で、この数日のうちに

台風と地震の大災害が立て続けに日本列島を襲ったのだなと。。

改めて自然に対する脅威と畏敬の念を感じつつ

富士登山に向かう中で改めて

自然を舐めたらいかんと思った。。

 

 

12:30 新富士駅に到着。

天候は、曇り。。

ここで、関東側から参加するメンバー1名が加わり

10名で新富士駅から富士宮口五合目を目指して

12:50 レンタルしたワゴン車に乗り込んだ。

 

富士山は雲から顔を出して

この時点では

我々を見守っているかのようだった。。

 

 

14:10 富士宮口五合目に到着:天候は曇り、風はやや強い。

標高は、2400mなので体を慣らすために30分ほどゆっくりする。

 

 

五合目の今日の富士山の案内板に

山頂の気温:5.6℃

五合目の気温:16℃

本日までの遭難事故:20件、死者3人、負傷者20人

 

 

えっ!? 死者、、3人もいるんだね。。とざわつく。。

それに、山頂は5℃になる、こことの温度差は約10℃だと知る。

 

メンバーは、さあいよいよだといった感じで

14:40 軽い防寒対策をして、登り始める。

 

 

15:00 六合目到着:曇り空、眼下に雲が掛かる。

山頂を見上げると九合目あたりまで見ることができた。

メンバーから、あんなに近くに見えるねと。。

私は、昨年泊まった宝永山荘が懐かしかった。

 

 

 

15:10 六合目出発。

途中何度か休憩をとりながら、ゆっくりと登る。

全員だいぶ、息が上がっていそうな感じ。

 

 

 

 

16:20 新七合目全員到着。

無事今日の目的地に着き、皆さん安堵する。

今日は、七合目の山小屋で一泊する事にして

天気が良ければ、ここから御来光を拝める。

 

 

皆んな山小屋で寝ることが初めてらしく

お風呂はないのですか?とか言う奴がいた。。

トイレとかも鍵付きで宿泊客以外はお金がいる。

手洗い場もない。水は貴重だ。。

 

 

17:40 山小屋で夕食。

天候:だんだんと風と雨が強くなり始める。。

 

食事をとりながら

山小屋の人にこの間の台風はどうでした?と聞いた。

そしたら、「21号の時はかなりヤバかったです。」

この小屋が飛ばされるかもしれないと恐怖を感じたと話してくれた。

台風21号は、富士山にも大きな影響を与えていたようだ。

 

 

メンバーの間で、大丈夫かな…といった

話が出始める。。

私の方は、とにかく明日の朝の状況で決断するしかない。

登山が今年初めての女性メンバーがいる中で

無理な登山は禁物だ。

 

韓国の団体が30名ほど来るとのことで

食事をするスペースは、一杯となりワイワイガヤガヤ。。

富士登山を目的とするツアーなのだろう。

こここまで来て、天候不順で断念するのは辛いだろうな。。

 

更に風雨が強くなり。。

 

この間、九号目から引き返してきた登山者が立ち寄り

上は強風と雨で一人が低体温症でやばいので引き返して来たとの話。。

 

 

20:00 消灯。

途中トイレに何度か起きて。。

外の様子を伺うと、更に風は強まり、

ゴーという風の音とバチバチという雨の音が

メンバーに山の厳しさを教えていた。

 

しかし、山小屋の中はわりに暖かで

風雨を凌げることで、人は自然から身を守ることが出来るのだと

改めて感じることができる。

 

私は寝入っていてわからなかったが

韓国メンバーが午前3時ごろワイワイと

何名かで山頂を目指して出て行ったそうだ。。

 

山小屋のメンバーは、辞めた方が良いと言っていたようだが

基本的に後は自己責任で。。との事のようだった。

 

ここまで来たので、皆に山頂の景色を見せてやりたかったが。。

 

止めることも時には必要で

何が大事で優先すべきかを考える時がある。

もう少しで山頂に行けるにしても

状況を判断し止める勇気がないと、命を落とす。

富士山は逃げない。

 

朝5:10が日の出時間で起きることにしていたが

外は暴風雨で、、真っ白。

メンバー全員、すでに登頂を断念する気持ちになっていて

説得する手間が省けて良かった。。

 

私の方は、この強風で皆んながちゃんと下山できるかが

ちょっと心配だった。

 

6:00 朝食

まあ、下山すると決めたものの

まだ残念な気持ちは皆どこかにあっただろう。

 

私も野郎どもだけだったら

行けるところまで行ってみるかと言ったかもしれない。。

 

しかし、この7合目より上からが更に強風は強まるのは明らかで

今年富士山で亡くなった3名の中には熟練した山屋の方が

低体温症で亡くなっているそうで

やはり、自然を甘くみてはいけないのだと後で思った。

 

 

7:00 下山

全員防寒対策と雨具装備を万全にして

山小屋から外に出ると

そこは別世界で

強風と雨で体温が奪われるのがわかる。

 

途中、強風で体が飛ばされるような感覚を何度か受ける。

大丈夫かなと振り返ると、女性メンバーが転けている姿を見る。

男性メンバーがそれを支える。

まあ、チームプレーで何とか下山を続け。。

 

 

 

その姿を見ながら、やはり登頂断念して良かったと思った。

 

7:30 六合目到着。

 

 

8:00 五合目到着。

全員無事に下山できて、ホッとした。

 

 

五合目の休憩所で全員身軽な姿に着替えて

歓談しながら軽食を取り

私は、ちょっとアルコールを入れて

無事これ良し!と自分を癒した。

 

 

11:00 帰りの路線バスが出発

 

12:00 温泉宿に到着。

あまりに早い時間に下山したので

近くにある浅間神社まで歩いてみることにした。

 

途中、「富士宮焼きそば」がB級グルメで有名らしいと

副隊長が言うので立ち寄って食べてみたが

私は大牟田のソース焼きそばが好みだな。。

 

 

 

 

浅間神社に参拝し湧玉池で顔を洗って

近くにある富士山世界遺産センターに行ってみた。

 

途中、天気の良い日は雄大な富士が見えるはずの場所で

振り返ると、何と富士の形をした雲が厚く掛かった姿があった。

その姿を見て、山頂はすごい嵐なんでしょうねと

メンバーの一人が呟いた。。

改めて、引き返して良かったと思えた。

 

 

皆んなで富士山世界遺産センターを見学して

改めて富士山の魅力を教えてもらった気がした。

建物のが逆富士で水面に富士山が浮かぶ姿は、なかなかなものだ。

最上階にある富士のパロラマが見える展望室と

そこにある椅子も逆富士つくられており、拘りがあった。

中の展示場もなかなか面白い映像の回廊で、楽しめた。

 

 

 

宿に着いたのは、16:30頃で

それから、皆それぞれにゆっくり温泉に浸かって

汗と疲れを癒した。

 

まあ、色々とあって

考えさせられる「富士山に登り隊」だった。

断念したが、皆この二泊三日を楽しんだようだった。

 

皆さんリベンジすると言っていたが…

来年の富士山は、我々を受け入れてくれるだろうか。。

 

 

 


2018年とても暑〜い夏の工場見学、ありがとうございました。

 

当社は、学校が夏休みの時期に

信号機に興味のあるちびっ子達を対象に毎年工場見学を受け入れている。

 

今年は猛暑の夏でしたが。。

九州の各県から、それに北は、仙台、千葉、東京など

全国からご家族で工場見学に来ていただきました。

 

お父さんお母さん、毎年ありがとうございま〜す。

 

 

当社のHPにもアップしていますが

簡単にご紹介させてもらいます。。

 

 

7月13日-工場見学【東京都和田様】

 

8月1日-工場見学【岡山県水野様2回目】

 

8月1日-工場見学【仙台市宮島様】

 

8月3日-工場見学【岡山市小川様】

 

8月3日-工場見学【長崎市箕田様】

 

8月7日-工場見学【玉名市森川様】

 

8月8日-工場見学【福岡市 市橋様3回目】

 

8月10日-工場見学【鹿児島県中島様2回目】

 

8月10日-工場見学【福岡県渡邉様】

 

8月20日-工場見学【大分県川野様】

 

8月20日-工場見学【大牟田市中央さるく会御一行様】

 

8月21日-工場見学【千葉県石毛様】

 

8月22日-工場見学【福岡県井口様】

 

8月22日-工場見学【福岡県井本様】

 

 

8月23日-工場見学【福岡県池田様8回目】

 

8月23日-工場見学【福岡県椎葉様】

 

8月23日-工場見学【長崎県戸田様】

 

8月23日-工場見学【福岡県進藤様・濱浦様他】

 

 

今年はどうだった?と総務の担当窓口メンバーに聞いたところ。。

 

工場見学は昨年に比べて少なめでしたが

工場見学のリピーターが多いのを実感しております。

1年ぶりにお会いする子どもさんを見ていると

その成長ぶりに大変驚かされます。

 

特に毎年来てくれる下関市の池田くんは

今年で8回目の工場見学でした。(すごい。。)

 

最初に工場見学に来た当時はまだ小学生だったとのこと。

来年は高校3年生になるそうだ。。

 

工場見学が8回目ともなると

いつものコースを回る他に何かできないかと考えたらしく

一般の方には見せることはない品質保証室の

光学試験室や散水試験場などの見学をしたそうだ。

 

また、質問内容も専門的なものとなっているそうで

(矢印灯器の取り付け金具の部品は、どのように取り付いているのか?などなど。。)

技術部の管理職メンバーが対応しているとのことだった。

 

いつもお母さんと二人で来られているそうだ。。

お母さん、いつもありがとございます。

 

リピーターの子が来ると

窓口側も何やら嬉しいらしい。。

 

ということで今年も多くの信号好きの子供たちと

そのご家族が来ていただきました。

 

ありがとうございました!

 

それと、対応してくれたスタッフメンバーご苦労様でした〜

 

 


この夏の猛暑と台風多発と富士山に登り隊。。

 

9月になった。

朝夕は随分と清しくなって

コオロギやスズムシの音色も聴こえくる季節となったが、

日中はまだまだ猛暑で

地域によっては、何と40℃を超えるところがあるそうで。。

 

この時期にこの温度は

何やらまた、観測史上初らしい。

 

ここまでの暑さになると、虫たちも生存できず

この夏、蚊やゴキブリの発生が少ない地域もあるという。

 

それに、日本から南太平洋当たりまでの海水温度が30℃以上になっているそうで

台風の発生が半端なく、、

 

確か、この初夏の七夕に台風7号と言っていたから。。

 

先日、8月末に台風21号が発生したとの速報があって、

7月〜8月までに何と15個の台風が発生した事になる。

 

つまりこれは、7月頭から

毎週1個以上の台風が発生した事になる発生量だ。。

 

そのお陰で、「富士山に登り隊」メンバーとの富士登山は

8月中過ぎに発生した台風20号の直撃を受け断念し

9月6日〜8日に延期をした。

 

しかし、またも台風21号が発生。。

915hPaらしく、最大風速75m/sという今年最大のスーパー台風らしい。

まあ、日本に近づく頃はもっと勢力は衰えていると思うが。。

 

昨年、9月頭の同じ時期に初の富士単独登山をしたのだが

その時も台風15号が通り過ぎた後だったので

今年は21号とのことで、やはり6個ばかり今年の方が

台風の発生量が多いのだとわかる。

 

まあ、日程的に台風21号が通り過ぎた後になりそうなので

果たしてどうなることか、悩ましい。。

 

 

しかし、地球温暖化による異常気象は

日本だけでなく世界中に影響を与えているようだ。。

 

この夏のヨーロッパも北アメリカも

非常に広範囲にわたって記録的な熱波に見舞われ

特にドイツやスペインなどでは、

観測史上最高気温を次々と更新していたらしいが

8月末、ドイツとオーストリアで突然気温が 15℃も下がり

積雪40cmの「8月の大雪」が降ったという。

 

アメリカの二州とカナダも同じ日に夏の雪に見舞われたそうだ。

この日は、前日から「 15℃」も気温が下がり、

日中の気温が 2℃程度にまで下がって雪が降ったそうだ。

その後の気温も 8℃程度ということで、

夏の気温とは思えないものになったという。。

 

また、フランス全土が超悪天候に見舞われ

「12時間で10万回の落雷の直撃」を受ける。

日本の関東地区でもこの間、数多くの落雷の直撃が起こったばかりだ。

 

更に、インド南部ケララ州ではモンスーンの豪雨により街が破壊され、

洪水と地滑りによる死者数が774人にのぼる自然災害が8月上旬に起こったという。

 

日本やアジアでは、熱波と豪雨と台風だが

北アメリカやヨーロッパでは、局部的な寒冷化が起こっているようだ。

 

毎年、地球温暖化による異常気象現象は

確実にレベルを上げているように感じ、

これまでの常識感を変えていかねばならないと思える。

 

我々の公共構造物計算も風速50m/sで設計するのが通例だが

風速70m/sの風が吹くとなると

公共構造物は、基本的に保たなくなる。。

 

地球温暖化対策は重要度を増していると肌身に感じ

ものづくりメーカーとしても地球環境に出来るだけ負荷を与えないよう

今一度、ものづくりの足元を見直す必要があると思える今日この頃だ。。

 

さて、富士山に登り隊。

延期したことで隊員が15名から10名ぐらいに少なくなったが

この週末を逃すと一般の富士登山においては9/10ぐらいで閉山となるので

最後のチャンスとなる。

 

さてさて、どうなることやら。。

 


盆休に「法華院温泉」と「さくら湯」。。

今年の盆休みは、8月11日〜16日までの6日間の休日をいただいた。

 

この盆休を活用して

富士登山前のトレーニングも兼ねて

夫婦で九重登山を二泊三日で楽しみ

帰りに山鹿温泉のさくら湯に入ったりして気ままに過ごした。

 

 

日頃何かと目標達成だの予算化だの日々改善だのと

業務の役割において旗振り役で自分に課しているものがあるようで。。

 

「貴方の頭が硬いと社員が苦しむわよ。。」と妻からブスリとやられる。

 

それで、この盆休はねばならない観念から

自らがやってみたいと思う心にチェンジ。。

 

テントとシュラフとザックを背負い

クーラーも冷蔵庫もテレビもないとこで

用意するのは簡易コンロと簡単な食材を詰め込み

九重山麓の中にあるビールが飲める法華院温泉を目指して

とりあえず、二泊三日ぐらいで行ってみようと車に乗り込んだ。

 

 

 

阿蘇くじゅう国立公園を走るやまなみハイウェイ

そこから見える自然界の山と空と雲の姿が美しい。

 

阿蘇五岳を見ると若かりし頃

根子岳や高岳の鷲ヶ峰をザイルを背をって登っていた頃を思い出し

その雄大さにしばし、妻がいるのを忘れて見入ってしまう。

 

  【阿蘇五岳の涅槃像、顔が根子岳、胸が高岳。。】

 

九重、長者原登山口に着いたのは夕方ぐらいだった。

やはり、下界と違って風も吹いて涼しい。

下界は、今日も猛暑日だった。。

 

早速、妻は夕飯の用意に取り掛かり

私は火の用意とテント張りと酒の調達を。。

 

     【登山口には、坊がつる讃歌の碑がある。】

 

何故、屋根のない山間でする食事は

簡素なものなのに美味しいのだろう。。

街中や自宅で同じものを食べても美味しいと思わない。

 

多分、食べる行為の味わいとは、心にあるからなのだろう。

 

 

その夜、明日の天気予報をスマホで調べると

8/12に発生した台風15号が九州に上陸するような情報で。。

その日の夜のテントの中は、かなり風にあおられたが

いつの間にか寝入っていた。

 

8月14日の早朝6:30頃、長者原を出発し

妻の牛歩のごとき超スローペースに合わせて登るのは

とても骨が折れるのだが

最近は、そのぶんゆっくりと山の空気と草木の緑を楽しめるようになった。

 

         【雨ヶ池:雨が降ると湿地帯が池になる】

 

それでも雨ヶ池を過ぎて法華院温泉山荘に着いたのは、10:30頃だった。

 

法華院は、坊ガツルの北西稜に位置し

鎌倉時代を開基とする九重山法華院白水寺として栄え

天台宗の一大霊場だったという。

九州最高所のパワースポット温泉だ。

 

       【中央に見えるのが法華院温泉山荘】

 

ザックを山小屋に下ろし

早速、汗を温泉で流してゆったりと湯船に浸かって体を癒した。

それから、軽く軽食を取りちょっと仮眠した。

 

 

起きて見ると、台風15号が九州を縦断して明日は暴風雨となるとの予報で。。

今夜はゆっくり山の中にテントを張り過ごす予定だったが

これは、今日中に下山した方が良いと判断し

もう歩く気の無い妻に事情を説明して。。

 

明日、風雨の中、下山するのと

天気の良い状況で今日、下山するのとどちらが良いか?

と話したら。。

 

どちらも嫌!

 

と、愚ぜった。。

しかし、冷静になって雨に濡れる方が嫌だとなり。。

 

 

暑い、しんどい、と言いつつも

妻は、その日のうちに下山した。

まあ、よく歩いてくれた。。

 

 

山の天候は急変する。。

 

予想したように、その夜は風雨で。。

車の近くにテントを張り寝ようとしたが、諦めて車の中に潜り込んだ。

下山してよかったと思った。。

 

 

翌日15日の早朝から帰り支度をして

風雨の中だったが帰る途中に山鹿町に立ち寄ったら

祭りの準備がされていて、ああ今日は山鹿灯篭の日だなと思った。

 

そんな日に台風が来るとは、、と思いつつ。。

 

 

山鹿温泉のシンボルである「さくら湯」

江戸時代(寛永17年:1640年)の肥後細川藩の山鹿茶屋に端を発し

そこからつづいてきたという

お風呂の中は、九州最大級の木造温泉と言われるだけあって

木造建てのとても天井が高い重厚な歴史感のある雰囲気だった。

 

そんなすごい温泉に朝風呂にゆったりと入って

この数日の疲れを癒した。

それが、大人300円で入れるのだから。。

一見一湯の価値がある。

 

 

まあ、そんな珍道中の盆休だったが。。

常に状況変化があり、二人でどうするかを語り合い、合意ですすめる。

 

基本的なことだが、、

それがこれまでなかなか出来ず

対立し、もういい!となる事が多々あったように思う。

 

そんな不出来な夫婦だが、歳のせいもあるのか

お互いにそれを楽しめるようになってきたのかもしれない…

と思えた盆休の数日だった。

 

さて、来週はいよいよ「富士山に登り隊」メンバーと富士登山だ。

例年になく多発する台風が気になるが

臨機応変な対応でトライしてみよう。

 

 


夏だ〜第14回信荒祭、地引網2018。

 

先週末の暑〜〜い猛暑の中、何と海辺で地引網を行った。

 

その日は快晴で。。

何でこんな暑い日に好き好んで地引網なのか?

 

 

 

百数十名の関係者と家族が集まって

二つに分かれて皆んなで網を引いた。

 

 

まあしかし、このおばかな企画

やってみると意外に楽しいし、海の中は少しひんやりして涼しかった。

 

それで、この暑さに関係あるのか…

網を引き寄せてみると何とサメが3匹も入っており

”このしろ”という魚が大漁だった。。

 

 

 

信号電材の荒尾事業所の祭りで「信荒際」

もう14回になるそうだ。。

仕事も遊びも一生懸命が虎の穴と呼ばれる荒尾事業所

(鉄鋼ものづくり部門)の心情だ。

 

「社長、今年はかぶと虫が大量に採れました」とニコニコして話してくる。

この猛暑の中、鉄鋼ものづくり部門は過酷な仕事だが

業務が終わって皆んなでかぶと虫を取りに行くという。。

 

 

 

 

 

この暑いのに

お好み焼き、焼きそば、焼き鳥、焼き肉。。

やはり子供達は、かき氷に集まっていた。

 

みんな、ただの祭り。。

 

 

 

虎の穴で育つと、、

こういったおバカな事も出来るようになるらしい。。

 

昨年の新卒メンバー(下の写真:右から3人)。。

本当に頼もしくなりました。。(念のため、、みんな男子です。)

 

 

社員以外の取引先の家族も集まって

とても楽しい祭りでした。。

 

準備に関わった

荒尾事業所メンバーと実行委員メンバーご苦労様でした。

 

それと、今回の地引網の空撮を

管理部メンバーがドローンで撮影してくれました。

いい感じに撮れてます。。

 

時間のある方は是非!

 

 

 

 

 


逆走台風と夏祭の総踊り。。

 

先週末の7/28は

恒例行事でもある大牟田市夏祭りの総踊に参加した。

 

地球温暖化が原因と思われるが。。

気象観測史上大荒れの7月は

七夕前後の記録的豪雨に始まり、その後は連日の記録的猛暑となり

最後のとどめは、気象庁の観測史上初といわれる

東から西へと日本列島を横断した逆走台風12号だった。

 

先週半ば(7/25)に発生した台風12号は

小笠原諸島の東海上を北上し、進路を西寄りに変え三重県に上陸

近畿、中国地方を西へと通過し瀬戸内海に抜けて

福岡の豊前市付近に上陸、種子島や屋久島付近まで南下し

停滞した後、反時計回りに移動して

現在、中国大陸を目指して動き始めたと報道が伝えている。

確かにこような迷走する台風も過去にない。。

 

 

そのおかげで

夏祭りの日は曇り空で熱中症対策となったし

数日風が吹き総踊りの後の日曜日は雨が降った。

 

久しぶりの雨に庭の草木が喜んでいるようだった。

 

 

そんな少し涼し気なった先週末に

当社の実行委員メンバーが事前準備などをしてくれて

恒例だが、総踊り前の一献の「気合い入れ」を行い繰り出す。

 

しかし、それでも夏場のアスファルト道路は、暑〜〜い。

 

 

当社の着ぐるみ「しんごうチャン」の役割は

入社1〜2年の若い社員の試練の場となっているそうで。。

それでも愛嬌良く、、子供達に弄ばれていた。

暑かったろうな。。

 

 

 

しかし、大牟田夏祭りの総踊りと大蛇山パレードには

今年もこれだけ大牟田に人がいたのかと思うほど活気に溢れ

踊りながら、大牟田市が炭鉱で華やかしき頃の人出を感じる一時だった。

 

 

 

 

私も踊りに加わって、汗を流しながら

もういい歳なんだから大人しくと思っているが

つい、声出せ〜!とか叫んでいるところが

人としてまだまだ、なんだろうなと思ったりするが

 

まあしかし、祭りは無礼講で声出して、汗を流して

馬鹿になって楽しむのが良い。

 

 

 

 

夏祭り参加のメンバーへ

大牟田市民に良いアピールの場でした。ご苦労様でした〜!!

 

 

さて、今週末は

地引網の信荒祭イベントがある。

夏のイベントは盛りだくさんだな。。

 

 

もし、お近くにお越しの折は地引網引いてみませんか?

 

 


ちょっと、由布岳に山トレ。。

 

先週末の土曜日、「富士山に登り隊」本社メンバー10名で

大分県湯布院の近くにそびえる由布岳へ山トレに行ってきた。

 

そういえば、会社のメンバーでのこういった登山は初めてなわけで。。

どちらかというと若い時は

山仲間数名か単独行でノーマルルート開拓とかをやっていた奴なので

団体の安全面などの配慮が足りなかったりする。

ので、、今回は気を置いた。

 

8月23日〜25日が富士山登頂計画なので

富士登山に向けて、

各自それぞれがトレーニングしているはず、、で。。

 

しかし、皆んなの体力状態がどうなのか判らないので

そのチェックも含めて

その前にどこかに山トレでもしとこうかとなり。。

 

 

 

豊後富士とも呼ばれる由布岳(標高1,583m)は

最後の登りあたりがちょっと富士山に似てるので

トレーニングにはちょうど良いかなと。。

 

10名のメンバーが手を上げたので

大所帯だったが、、ちょいと行ってみた。

 

今年7月の日本列島は大乱調で

記録的な豪雨の後は、記録的な連日の猛暑となり

その日も下界は猛暑で38℃ぐらいまで気温上昇し

危険な暑さとなるだろうとマスコミ報道が騒いでいた。

 

朝7時に会社に集合して

10人乗りの会社の送迎用の車に乗り込み。。

 

由布岳登り口に着いたのは9:15頃で

出発したのは、9:30頃だった。

 

 

 

天候は、曇り時々ちょっと霧雨。。

猛暑で熱中症を心配していたが

天然の空冷ミスト状態でその心配は必要なく

由布岳の緑と身近に小鳥たちの囀りが聞こえてきて

登りながら癒される空間だった。

 

 

しかし、山頂付近から雲の中にすっぽり包まれた状況になり

マタエ尾根に登り上がった時(12:30頃)には、強風が吹き荒れており

メンバーの一人は、メガネを飛ばされ無くしてしまうハプニングが起こり

濃霧で景色は真っ白状態で何も見えない状況だった。

 

 

強風で体温が奪われるので、皆んなに急ぎ雨具着用を指示した。

メンバーの一人が18℃ぐらいになってますと言ったのを聞いて

下界と20℃も違うんだな、、と思った。

何となく下界の暑さが懐かしくなる。。

 

 

富士山に行く前に、山の天候は変わりやすく

どんな状況変化にも対応できる装備と心構えが必要なのだと

メンバーで体感できたのは良かった。

 

風から身を隠せる場所がなかなか無かったが

そこで、身を寄せて携帯用コンロで湯を沸かし

軽い昼食を取った。

 

私は、下界ではカップヌードルは食べないが

こういった環境で食べるカップ麺は、

水分補給にもなり暖を取れるので便利だ。

 

そして、こういった環境下でのコーヒーブレイクは

皆んなの身も心も温まる。。

 

 

山トレとしては、良い体験だった。

 

 

山は、下山の方が難しくややもすると膝を痛めてしまう事がある。

ゆっくりと下山して

出発した登り口に皆んなが無事着いたのは、14:30頃だった。

 

 

それから近くの湯布院温泉で由布岳登山の汗と疲れを流した。

 

湯船に浸かり、露天風呂から見える由布岳は

やはり山頂が雲に隠れて見えなかったが

暖かでホッとしつつ、登った山姿を見ながら

その工程を振り返れるのは何か贅沢な気がした。。

 

どんな困難な状況変化にもチームで切り抜ける事が出来る

その安心感の共有が組織の成長に繋がっていくのかもしれない。。

そんな事を考えさせられる由布岳登山だった。

 

そして、会社に到着したのは17:45頃だった。

10名の「富士山に登り隊」メンバーご苦労様でした〜

 

 

さて、来月末頃には富士山にアタックだ。

「富士山に登りたい!」と想うメンバーで

楽しみながら目標点に到達しよう。

 

あっ、そうそう、今週末7月28日は

大牟田の夏祭りで大蛇山の総踊りに参加でした。

 

お近くにお越しの折は是非、参加ください。

 


境港市、水木しげるロード・ライトアップ・リニューアルオープン。

 

先週末は、鳥取県境港市のライトアップ・オープンイベントに参加して来た。

 

一見ちいさな山陰の港町に見える境港市だが

山陰における暦的な漁港であり

日本の著名な漫画家、水木しげる氏発祥の地でその記念館がある。

 

 

JR境港駅からその記念館の間に何とも自由な妖怪のブロンズ像が数多くあり

それを長年にわたりバックアップしている商店街の努力もすごいが

出生地をこよなく愛した氏の意向もあったのだろう。

 

シャッター街と化していた境港商店街は

1993年水木しげるロードとして当初23体からスタートしたらしいが

徐々に増えて、25周年の今回リニューアルで177体となって

多くの観光客を呼び活況だった。

 

 

そして、商店街の復活は

更にライティングデザインを加えることで

夜間の観光客を集客する滞在型リゾートへと変貌を遂げつつあり

とても賑やかなオープンイベントとして

ライティングデザインの魅力は夜の集客力が立証され

色んな地域で成功しはじめている。

 

 

オープンイベントの点灯式には

水木しげる氏が蘇らせた個性的なキャラクター達と

平井鳥取県知事や中村境港市長、

水木しげる氏の奥様、武良布枝(ゲゲゲの女房)さん

そして、ライティングイベントの仕掛け人

Lem空間工房のライティングデザイナー長町社長が参列されて

想い入れのあるスピーチをそれぞれ語られていた。

 

 

カウントダウンの点灯式後に

夜のオープンイベントとして妖怪達が路面に怪しく現れ

昼間のブロンズ像達もスポットライトでまた違った姿に浮かび上がる。

 

 

今回このプロジェクトには、色々な照明メーカーが参加しているが

当社(SDLighting)はドイツMeyer社の製品を提案し

 

◯ゴボ照明という影絵を投射できる照明器具

MEYER/NightspotB GOBO (ゴボ)

https://www.meyer-lighting.com/en/products/nightspot-goboscheinwerfer.html

 

◯路面からスポットを当てる埋め込み照明器具

MEYER/Uplight280 (埋設照明)

https://www.meyer-lighting.com/en/products/uplight.html

などを活用いただき参加させてもらった。

 

路面にくっきり浮かぶ影絵を見て

子供達も大人もウワ〜という驚きの声が漏れ聞こえ。。

これは、色んな地域にも活用できるかも、、と思った。

 

 

全国のシャーッター街化した商店街を

ライティングデザインの魅力で地域の方々と繋がり

蘇らせる事が出来る可能性があると思えたリニューアルイベントだった。

 

米子駅から近い境港の近くに来られたら

リニューアルされた水木しげるロードを夜間に是非!

 

 


グループ会社、節目の祝い。。

先月末に二つのグループ会社の節目の祝いがあった。

 

 

一つは、SDエンジニアリングという電気工事業会社の創業50周年、

もう一つは、UTS上海という中国上海にある海外輸出入を行う会社の創業10周年、

という二つのグループ会社が創業の祝いを行なった。

 

          【参加いただいた方々との集合写真】

 

 

SDエンジニアリングの前身は、

北海道札幌市に北王通産という交通信号工事の老舗工事会社で

中田裕親氏が創業、12年後に他界され

その後の後継社長を奥様の中田惠美子さんが引き継がれて20年経営された。

 

その時代に当社が西日に強い灯器開発で業界最小のメーカーとしてデビューし

全国に製品キャラバンを行う中で北海道において我々に門戸を開く現地の協力会社として

大変御世話になった会社であった。

 

当社が北海道営業所を開設して約20年程になるが

九州の中小企業メーカーが北海道の会社と協力関係を結び

色んな苦難もあったが、中田惠美子社長の後を我々が繋ぐ事になる。

 

我が社は、製造メーカーで電気工事業は素人なので

これまで、色々な方々に社長をお願いして繋いできた。

約18年ぐらいを4人の社長が繋いできた事になる。

 

            【右端が、中村社長】

 

途中、当社とグループ会社の関係を判りやすくした方が良いとの

周りのご意見もあり、7年前ぐらいに

SDエンジニアリング株式会社と社名を変更させてもらった。

 

10名前後の小企業が、50年という半世紀を生き抜いてきた事は

ある意味、すごい事なのだなと

式典に参加させてもらって思った。

 

そしてこの式典を主催し

直近のこの5年ほどを社長となって

激的に業績改善を遂行していただいた中村社長には

従業員共々大変感謝をしているしだいである。

 

中村社長は、広島の「シグナル電子」という会社の

現役社長であり創業者である。

私が5年前に無理無理お願いして社長を引き受けてもらった。

ご高齢にもかかわらず広島と北海道の半々生活を続けてもらって

何度、辞めようかと思ったことかと挨拶のスピーチで述べられていた。

 

        【左端から、私、中村社長、糸永一平SD会長】

   【地元学生さんによる、札幌よさこいソーラン】

 

会社組織は、社長の経営采配しだいで変わる。

その実証を見せてもらった。。

 

私も経営者の端くれとして

自分のこれまでの体験の全てを掛けて一年一年

毎年降って湧いてくる思わぬ事象に対して向き合い

どう進めば良いかを経営スタッフと議論し

その都度、諦めず真剣に何度も掘り下げて

自分なりの納得のいく結論を見出していく。。

 

その行為の先に一年の結果がある。

 

中村社長はこの7月より取締役会長に就任され

次の社長へバトンを渡されたが

経営の安定のためにもう少し診て頂けることになり安心した。

 

 

UTS上海は、約12年前に台湾新竹市にあった

台湾UTS(Universal Traffic Signal)の機能を中国上海市に移そうと

中国のある商社と合弁会社を設立させる可能性を探り

結果としては独資で私が董事長で古閑総経理が現地采配する

中国での生産部品調達とその工程管理と品質管理をする

輸出入商社UTS上海(Universal Trading Service)を10年前に設立させた。

 

 

振り返ると

我々が業界最小のローカルメーカーなのだが

大手メーカーさんとの競争に負けなかったのは

このUTS上海が我々を支えてくれたからでもあった。

 

私は、今回の内祝いに参加できなかったが。。

UTS上海側は、身内での内祝いとして現地上海で10年を祝った。

 

この会社もこの10年の間に色んなドラマがあった。。

古閑総経理のブログにその事が語られている。

http://uts-sha.jugem.jp

 

 

世界情勢の変化に為替相場は時に激的に変化を起こす。

その荒れる大海にあって我々は木の葉のような存在である事を

思い知らされたことがあった。。

 

しかし、この会社の古閑総経理と共に色んな国を訪問し

色んな人種の方々と議論し、会食しながらその国の文化を知る事ができたし

外を見る事で逆に日本という国の姿と文化を知る事ができた。

 

そして、人は言葉や肌の色や髪の色形が変わっても

同じなのだと実感するものがあった。

 

激動する中国の上海にあって

そこで10年日本の独資企業が生き抜く事は、極めて難しいといえる。

 

UTS上海の総経理がこの会社経営で学んだものは

人と繋がっていく事で

社会変貌がどう起ころうが

姿形を変えて生き抜いていける。

そんな強かさを身につけて生きていく。

といったところなのかもしれない。。

 

 

毛色がまるで違う二つのグループ会社の創業祝いだったが

その姿に学ぶものあり。

 

さて、我が社も後4年で創業50周年の節目を迎える。

 

半世紀を生き抜くことの意味を我々も体感し

時代に必要とされた組織として誇りを持ち

役割と組織のバトンを次に渡し繋いでいこう。

 

それを皆んなで具現化していきたい。

 


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